誕生日やクリスマスというと、小さい頃は近づくにつれてケーキはどんなものか、プレゼントは何をお願いしようかと、ワクワクするイベントだったと思います。
しかし、年を重ねるごとに、こうしたイベントに対しての認識が薄れてきてしまうのは、多くの人が感じていることではないでしょうか?
特に誕生日に関しては、学生の頃は0時になった途端にメールを送ってくれる友人が沢山いて、保護して見返していたものですが、今では一日に何通か、仲の良い友人から来るくらいです。
学生の頃は友人の誕生日を忘れていると友情に亀裂が走ることにもなりかねなかったですが、今では本当にお祝いというと、あっさりしていると思います。
これは誕生日が年々嬉しいものではなくなってくるというのも大きいのではないでしょうか。
また一つ年をとった、とズシンとした重みを感じることもあります。
ちなみにポジティブな私の友人は、「誕生日は産んでくれた母親に感謝する日!」と言っていて、なんて素晴らしい子なんだ、と感動しました。

わたし、ときには、Gの王将へ行くのですが、あそこは厨房が床の中頃にあって、それをくるむようにカウンターベンチとなっていて、その周囲にも客席があります。わたしはみずから行くのですが、カウンターベンチが空いていれば必ず座ります。だいたい自力だと視点スタッフにカウンターを勧められてしまうのがきっかけですが。面白いですね、見ていると。Gはどうしても、ガツガツした人員が数多く、怒鳴っていたりを目の前で覗けるし、食品を作っているのより、そういった人員たちの発言やパターンが明るいのです。で、しょっちゅう想うのがよく見ると染みですなということです。だって先程、残飯下げてきた手で丸ごと出来上がった食品のお皿を秘めるんですもん。レジで原資を触った手で、メソッドを洗わず、出来上がった食品のお皿を持つ。著しい汚いですよ。そこらじゅう、触った手で、盛り振りかけを素手でしてますからね。目下、冷やし中華なんか中頃をもり立てるようにきゅうりやハムやタマゴなどを素手で形作ってますから。そこらじゅう触った手でですよ。冷やし中華は食べたくないですね。わたし、手で触らない食品しか原則頼まないので。特別食中毒に至るわけではないですが、気持ちの問題ですよ。ミュゼ 背中

最近、朝晩がかなり冷え込んできました。ほんのちょっと前まではエアコン生活だったのに今ではそのリモコンをどこに置いたかなって忘れるほどです。そんな季節になってきたので今夜からシャワーじゃなくてお風呂に湯を張ることにしました。
が、問題が1つ。それは数か月前に「もうこれは汚いな」と思って捨てた洗面器。その後にすぐシャワーに切り替えたので洗面器は必要なかったけど湯を張るなら絶対にいる。でも思いついたのが夕方だから今から洗面器だけを買いに行くのも面倒くさい(-_-;)私的には今日までシャワーでもいいかなって感じだったけど、子供が…。「やだ!お風呂に入る!え?洗面器?買いに行こう!」の一言で重い腰を上げて買いに行く羽目になってしまいました。本当、朝から公園、買い物、送迎と何度この玄関を行き来してるんだろうと自分に問いながら。でも量販店まで洗面器1つで行くのも面倒だったから近所の100均に行ったまではいいけど、子供がデカい声で「洗面器買うんだよねー♪うちには今ないからね」なんて言うからちょっと…恥ずかしかった(-_-;)我が家の事情が筒抜けになったような気がして…。それにうちの子供は他の子に比べて声が超デカい(-_-)